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大阪地方裁判所 昭和56年(わ)5935号 判決

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判が確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市《番地省略》佃公園スカイハイツ一階に店舗を設け電気機器等の販売業を営むサンスカイ電子の経営者として同企業の業務全般を統轄掌理していたものであるが、

第一  日本電信電話公社から架設を受けている加入電話回線に、「マジックホン」と称する同回線電話(受信側)の自動交換装置からその通話先電話(発信側)の自動交換装置内の度数計器を作動させるために発信させるべき応答信号を妨害する特殊機能を有する電気機器を取り付けて、同公社の通信を妨害するとともに、同公社の右度数計器作動に基づく発信側電話に対する通話料金の適正な計算課金業務を不能にさせてこれを妨害しようと企て、

一  昭和五五年一一月六日ころから同月八日ころまでの間、兵庫県尼崎市《番地省略》の自宅に設置された同公社の加入電話である尼崎電報電話局(〇六)四八八局三四〇二番の電話回線に右「マジックホン」を取付け使用し

二  前記サンスカイ電子の従業員である木津精次及び同玉林睦弘と共謀のうえ、同年一一月六日ころから同月一〇日ころまでの間、前記サンスカイ電子店舗に設置された同公社の加入電話である淀川電報電話局(〇六)四七二局九〇八七番の電話回線に右「マジックホン』を取付け使用し

三  右木津精次、玉林睦弘及び門真陸運株式会社の業務課長宮村守と共謀のうえ、同月五日ころから同月一一日ころまでの間、大阪府門真市《番地省略》の同社の事務所に設置された同公社の加入電話である大和田電報電話局(〇七二〇)八三局二四五一番の電話回線に右「マジックホン」を取付け使用し

四  右木津精次、玉林睦弘及びファミリーシステム株式会社の総務部長松田美樹と共謀のうえ、同年七月三一日ころ、松山市《番地省略》の同社の事務所に設置された同公社の加入電話である松山電話局(〇八九九)二五局一二一九番の電話回線に右「マジックホン」を取付け使用し

これらの電話に他の電話(発信側)から通話の着信があった際の通信の送出を妨げるとともに前記度数計器の作動を不能にし、もって同公社の有線電気通信を妨害するとともに、偽計を用いて同公社の通話先電話(発信側)に対する通話料金課金業務を妨害し

第二  右木津精次及び玉林睦弘と共謀のうえ、前記「マジックホン」の特殊機能を説明してこれを販売することにより、顧客をして、同公社から架設を受けている加入電話にこれを取付け使用させて、同公社の通信を妨害するとともに同公社の右度数計器作動に基づく発信側電話に対する通話料金の適正な計算課金業務を妨害することを決意させて、これを実行させようと企て、

一  右玉林睦弘において同年七月二一日ころ及び同月二九日ころ、前記サンスカイ電子店舗において、株式会社システム・ジャパン大阪の総務部長小玉貞雄に対し、口頭で前記「マジックホン」の特殊機能を説明宣伝してその取付け使用方を勧めたうえ、これを売り渡し、同日ころから同年九月一日ころまでの間、大阪市《番地省略》シャトーモンシェリー一階の同社の事務所に設置されている同公社の加入電話である堀川電話局(〇六)三五三局四四八三番の電話回線に右「マジックホン」を取付け使用させ

二  右玉林睦弘及び木津精次において、同年七月初旬ころ、前記サンスカイ電子店舗において、樋口政已に対し、口頭で、前記「マジックホン」の特殊機能を説明宣伝してその取付け使用方を勧めたうえ、これを売り渡し、同日ころ、大阪市《番地省略》の同人宅に設置されている同公社の加入電話である此花電報電話局(〇六)四六四局二八〇八番の電話回線に右「マジックホン」を取付け使用させ

同人らをして、前同様同公社の有線電気通信を妨害させるとともに、偽計を用いて同公社の通話料金課金業務を妨害させ、もって、同人らの右犯行を教唆し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の無罪の主張に対する判断)

一  弁護人は、まず有線電気通信法違反の点について、本件「マジックホン」は電話通信を妨げるものではなく、単に度数計作動システムの作動を妨害する機能を有する機器に過ぎないところ、右システムの極性反転電流送出側(受信局)には電気信号化される符号等が存在せず、受入側(発信局)でこれを元の符号等に再現するわけでもないから、右度数計作動システムは有線電気通信には該当せず、従って「マジックホン」の設置、使用は同法二一条の構成要件を充足するものではない旨主張するので、この点について判断すると、

1  関係証拠によれば次の事実が認められる。

(一) 日本電信電話公社の電話料金課金システムは、加入電話に着信があった場合、すなわち発信側からの呼出に応じて受信側の受話機が持上げられると、受信側自動交換機から発信側へ応答信号が送出され、右応答信号は電話通信のための電話回線を経由して発信側の自動交換機に到達し、同自動交換機がこれを検知して発信側加入電話の度数計を作動させる(なお右応答信号は通話交信中継続的に送出され、その間度数計は作動を続けている。)ことにより利用を把握し、これに応じた料金を計算課金するという仕組になっている。

(二) 右応答信号とは、着信によって受信側交換機内の回路が切り換って、これにより発信側交換機へ送られる電流の極性が反転される(電流の方向が逆転する。)のであるが、右極性反転電流が応答信号に相当し、この極性反転電流は、前記のように受信側加入電話に着信があった事実を発信側に伝達して発信側加入電話の度数計を交信中継続して作動させるはたらきをし、これが送出されない限り度数計は作動しない。

(三) 本件「マジックホン」は、受信側の電話回線に取付けられて使用され、発信側及び受信側の通話は妨害せずに、右極性反転を生じさせる受信側交換機内の回路装置を作動させないことにより、同交換機からの応答信号の送出のみを妨害するという作用を営む電気機器である。

2  そこで右応答信号の送出が有線電気通信法二条一項にいう「有線電気通信」に該当するかどうかについて検討すると、

(一) 右応答信号が線条である同公社の電話回線(なお同公社の電話回線が同法二条二項の「有線電気通信設備」に当ることはいうまでもない。)を利用して送り、伝え、受けられることは明らかであるが、これが前記のように電流であることから見ると、基本的には通信の媒体である同法にいう電磁的方式の一つであるといわざるをえない。

(二) そこで右応答信号中に符号が含まれるのかどうかについて検討を要するところ、同法二条一項にいう符号とは、意思、感情、事実などを示すための手段として、通常の場合文字、数字等に対応して定められた音、形、光などの組合せであって、相手に認識可能なものをいうと解されるが、相手に認識可能であり、且つ意思、事実などの表現、伝達方法としての機能を有する限り、形、音、光等の組合せに限定されず、電流の極性の変化もまた符号というのを妨げないと解すべきである。なぜならば、表現し、伝えるべき意思、事実等を直接的に電流の特性の変化等の形で相手に認識可能な形態に変換、表現し、これを相手に伝達できるときは、右事実をわざわざ電磁的方式以外の記号に一旦客体化しなければ符号性を取得しないとはとうてい解しえないのであり(再現の場合も同様である。)これを本件について見ると、受信側への着信、交信中という事実に対応してこれを直ちに受信側交換機において電流の極性反転という形態に変換、受手に他と区別して認識可能な状態にしたうえ、右極性反転電流を送出し、これが発信側交換機の受入れと検出を経て発信加入電話の度数計を作動させることにより、直接右着信等の事実を度数計の積算という形で再現させるのであって、従って本件応答信号はその電磁的方式内に前記趣旨の符号を内在させるものといえるからである。このような応答信号による事実の伝達方法を単に電気信号に変換されるべき外在的な符号が存在しないとの一事で同法二条一項に規定する「有線電気通信」に当らないとすることは失当である。

(三) 一方同法は、電気通信とは別に「信号」について規定(「法」一九条、二五条ないし二七条)し、これには同法二一条の保護を与えていない。ところで右「信号」とは、限定された意思又は事実を単純に伝達して他人の注意を喚起する程度のものをいうと解される(電気通信関係法コンメンタール編集委員会編、電気通信関係法詳解〈上巻〉九九ページ参照)が、「通信」といい「信号」といい意思や事実等の伝達方法であることに変りはなく、その限界を厳密に画することは不可能である。本件について見ても、応答信号は着信とその継続という限定された事実を伝達するだけであるが、非常ベルのように単純にこれを伝達して相手の注意を喚起する程度のものではなく、着信と通話時間という情報を伝達したうえ発信加入電話の度数計にこれを積算するという再現作業にまで関与するのである。

結局「通信」か「信号」かは、個々の場合において、同法の目的との関連において合目的的に解釈するほかはない(同旨、同書同ページ)。

(四) そこで本件に即し、この点について検討を進めると、電話通信の利用の把握と料金計算、課金業務は、電気通信による国民の利便を確保することによって公共の福祉を増進することを目的として設立された同公社(日本電信電話公社法一条参照)の経営と存立の基礎であることはいうまでもなく、その意味では有線電気通信法に定める電気通信の一典型である同公社提供の電話通信に不可分的に付随するものであるところ、右課金業務が応答信号の正常な発、受信によって成立するものであることはすでに見たところである。

そうすると本件応答信号は、有線電気通信設備を利用するものであること、伝達される事実が同公社の電話通信業務と密接不可分の関係にある重要な事項であること、更に符号性においても欠けるところはないこと等に照らし、同法二一条の保護に優に値するものとして同法二条一項の「有線電気通信」に該当するといわなければならず、これが右「通信」から除外され、同法二一条の保護の対象とはならないとする見解にはとうてい従い得ない。

3  よって判示方法によって「有線電気通信」である応答信号の送出を妨害した被告人の判示各所為(教唆も含む。)は同法二一条の構成要件を満すものである。

二  弁護人は、更に偽計業務妨害の点について、「マジックホン」の設置使用は、同公社の業務である通話を妨害するものではなく、単に電話料金の不正免脱という財産権侵害行為にすぎないから、財産罪の成否は論議の対象となり得ても、右行為が業務妨害罪に当ることはあり得ない旨主張するので判断すると、なるほど本件は通話料金不正免脱(但し利得をするのは、「マジックホン」設置電話へ架電してきた第三者である。)を目的として犯されたものであることは認められるが、右不正免脱の方法として、前示のとおり、「マジックホン」の特殊機能により、同公社の電話通信の利用の把握とその対価である通話料金の計算、課金を不可能ならしめるという手段に出たものであるところ、右の電話通信利用の把握及び通話料金の計算、課金事務が同公社の一業務であることは明らかであり、従ってこれを「マジックホン」の設置、使用によって不可能ならしめた(なお、被告人のこの点に関しての事実の認識についても欠けるところはない。)被告人の本件各所為(教唆も含む。)が偽計業務妨害罪の構成要件を充足することも又明白である。

三  よって弁護人の各主張は採用できない。

(法令の適用)

一  該当法令

判示第一の一ないし四の各所為について、いずれも刑法六〇条(但し判示第一の一の所為については除く。)、有線電気通信法二一条(以上有線電気通信の妨害の点につき)、刑法六〇条(前同)、二三三条(罰金等臨時措置法三条一項一号)(以上通話料金課金業務の妨害の点につき)

判示第二の一、二の各所為について、いずれも刑法六〇条、六一条一項、有線電気通信法二一条(以上有線電気通信妨害教唆の点につき)、刑法六〇条、六一条一項、二三三条、(罰金等臨時措置法三条一項一号)(以上通話料金課金業務妨害教唆の点につき)

一  科刑上の一罪の処理

各所為とも一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、いずれも刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い、判示第一の一ないし四については有線電気通信法違反罪の刑で、判示第二の一、二については同法違反教唆罪の刑でそれぞれ処断。

一  刑種の選択

いずれも懲役刑選択

一  併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の二の罪の刑に法定の加重)

一  刑の執行猶予

同法二五条一項

一  訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 國枝和彦)

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